昔のことです。
光前寺というお寺の下で、山犬が三匹のかわいい子犬を生みました。
それを知った和尚さんは、毎日おいしいご馳走を、たくさん運んでやりました。
月日がたち子犬はだんだん大きくなり、
母犬といっしょに、お寺の庭をかけ回って楽しく遊ぶようになりました。
ある日、母犬は三匹のかわいい子犬を連れて帰ろうとしたとき、
一番利巧そうな子犬を一匹お礼としてお寺へ残していきました。
その子犬は、灰色をしていて、強そうで、走ることがとても早かったので、
和尚さんは「早太郎」と名前をつけてかわいがっていました。
在る寒い日の夕方のことです。
お寺のうら山へおそろしい怪物が出てきて、
遊んでいた子どもをさらって逃げようとしました。
それを見つけた早太郎は、風のような速さと、すごい力で、怪物と戦い、
子どもを助けました。
そのことがあってからは、村の人たちも、
やさしく強い早太郎をみるとだいたり、なでたりしてかわいがってやりました。
そのころ、遠州(静岡県磐田市)では、秋祭りの晩になると、
かわいい女の子のいる家に、白い矢がとんできて屋根にささり、
矢のささった家では、
女の子を、白木の箱に入れてお宮へ供えなければなりませんでした。
それをしないと田畑の作物が一晩のうちに荒らされてしまうのでした。
とうとうお祭りの夜がやってきました。
お坊さんが、白い木の箱に入れた女の子の様子を見ようと、
太い木の陰に、そっと隠れて見ていると
「今宵、今晩、信州信濃の早太郎はおらぬか。
このことばかりは早太郎に知らせるな。」
と何回もうたいながら、大きい怪物が現れ、
白い木の箱の中から、女の子をわしづかみにすると、
ものすごい早さで消え去って行きました。
その様子を見たお坊さんは、
おそろしい怪物のうたったうたを忘れることができず、
一日も早く信州信濃の早太郎を捜そうと思い、
旅をしている六部という人に頼んでみました。
頼まれた六部は「信州信濃の早太郎はおらぬかい。」
「信州信濃の早太郎はおらぬかい。」
と早太郎捜しの旅に出かけました。
六部は毎日あちら、こちらと捜し回って、
やっとのことで、宮田のお茶屋にたどりつき、
ひと休みをしてお茶を飲んでいるとお茶屋のおばあさんが、
早太郎の話を聞かせてくれました。
話を聞いた六部は、喜びいさんで、お茶もそこそこに光前寺へ行き、
早太郎を貸してくださいと、和尚さんに頼みました。
六部から怪物の出る話を聞いた和尚さんは
「早太郎がんばっておいでよ」
と犬の頭を優しくなぜなぜ六部に渡しました。
早太郎を借りた六部はおおよろこびで遠州(静岡県)へ帰っていきました。
さて、冷たい風が吹くお祭りの夜のことです。
かわいい女の子の身代わりに早太郎を白い木の箱に入れて、
神様の前に供えておき、お宮のえんの下のすみでじっと様子を見ていると、
大きい怪物が待ちかねたように、太い杉の木から飛び降り、
あたりをキョロキョロ見渡して、
「今宵、今晩、信州信濃の早太郎はおらぬか、
このことばかりは早太郎に知らせるなよ」
とうたいながら、白い木の箱に近づいて行きました。
怪物がふたをあけたとたん、
早太郎は箱から飛び出して怪物にとびかかっていきました。
怪物も負けずに「ウワー、ウワー」と、
すごい叫び声をあげて早太郎にとびかかりました。
しかし、早太郎はうなり声ひとつあげずすごい速さと力で闘い続けました。
怪物は体中、血だらけになりだんだん弱っていきました。
早太郎も少しけがをしていましたが、
最後の力をふりしぼって、怪物ののどにかみついていきました。
怪物は「ギャー」といってばったりたおれ、
動かなくなってしまいました。
お祭りの夜があけたので、、村の人たちが、おそるおそるお宮へ行ってみると、
早太郎の姿は見えず、年とったサルが血まみれになって死んでいました。
早太郎は、血まみれのまま、遠い遠い信州の光前寺までやっとのことでたどりつき、
えんがわにいた和尚さんの顔を見ると「ワン」と一声ほえ、
ばったりたおれて死んでしまいました。
和尚さんは、死んだ早太郎の体を、やさしく、やさしくなでながら
「早太郎よくたたかった。強かったな。」
とほめてあげました。
そして、太い杉の木にかこまれた本堂の左横に穴を掘り、
永い永い眠りにつかせてあげました。
(伊那毎日新聞社「伊那の伝説と昔話」より)
早太郎は、「へいぼう太郎」、
あるいは遠州見附では「しっぺい太郎」と呼ばれています。
駒ヶ根市と磐田市はこれを縁にして、
姉妹都市を結んでいます。