「ホームページを開いて3ヶ月目に考えたこと」

1996年6月30日
小 原 茂 幸

ホームページを開いて3ヶ月が立ちました。
素人が見よう見まねで、
独学で作ったページです。
いまだ、一部工事中でもあります。
仕事などの絡みで写真を撮りに行く時間が見つけられずに、
なかなか思うようには完成していきませんが、
それでも月に500人以上の人が、
このページを見に来て頂いています。
とっても「うれしいな」と思います。


時々E-mailも届きます。
mailが来ていたときにはどきどきしながら
読ませて頂いています。
2、3日の間、mailがないときは少々がっかりもしています。
今までの人生で物理的にも時間的にも出会えなかっただろう人々から、
突然にしてmailが届きます。
北海道の方や、京都の方、スイスに住む方からも、mailが来ました。
すばらしいことだと思います。
今のところその全てが好意的な内容でした。
パソコン通信はほとんどしていませんでしたので、
この世界での仲間はなかなかいませんでした。
でも、mailへの返事は必ず出しました。
そして、私も時々E-mailを出しますので、
自分のネットワークが少しずつ広がっていきます。

ところで、インターネットを始めてみて、
情報の伝達手段が画期的に変わったことを強く感じます。
想像するに、
かつて江戸時代、信濃の国から江戸に出かけるには
自分の足で街道を歩き、山を越え、峠を越えて、
おそらく7日間ほどかけて出かけたことでしょう。
生き馬の目をぬく江戸の町で、見るもの聞くものに驚愕し、
江戸の賑わいや生活に感嘆し、
たまたま宿で出会った見知らぬ人から、
他国の珍しい情報を聞いて、
さらに7日間ほどして田舎の村に帰ったとします。
情報は物理的な距離や時間をかけて、
人の口から人の耳へそれぞれ流れていったはずです。
今、インターネットは、
信州の田舎から瞬時に情報が流されていきます。
同時に、
見ようと思えば、どんな遠い所の情報であっても見ることができます。
そして友達になることもできます。

かつて、目から口へ、耳から耳への情報が、
かわら版になり、新聞になり、ラジオになり、テレビの時代になりました。
そして今、インターネットの時代へ移行しつつあります。
為政者はプレスセンターにマスコミ関係者を集めて、
記者会見をする一方で、
インターネットを通じて、
いち早く情報を自らの考えのまま流せるようになりました。
さらに名も知られぬ個人個人が、
自由に、瞬時にして、物事を表現できる手段を得たのです。
これはすばらしいことだと思います。
そしてまた、恐いことだとも思います。

ホームページを開いていれば、
アクセスカウントはやはり気になります。
有名なホームページはともかく
草の根的なごく普通の人々のホームページは
なかなかアクセス数は増えていきません。
その中で最も元気が良いのは
アダルト向けのものや、そのリンク集があるものでしょうか。
人間社会は生物学的な性から、
なかなか抜け出せないものなのかもしれません。
やはり致し方ないものなのでしょうか。
インターネットは国境を越え、価値観の壁を破り、
理性の器を揺さぶり続けています。
現代社会そのものです。

確かにインターネットは、
これからの世界を大きく変えるかもしれません。
技術の進歩とパソコンの低価格による普及が、
これからの時代を大きく変えそうです。
パソコンが国内で年間500万台が売れ続けたとすれば、
販売台数が日本の世帯数に匹敵するためには、
5年ほどしかかかりません。

そして、
かつて専門的な知識がなければとっても手が出せなかった世界に、
ワープロが多少できるくらいでも何とかホームページが
開けるようになったことのすごさ。
今まで「オタク」的な人たちが、
「オタク」的な情報を発信していただけの世界だった所へ、
異業種の人々が参入し、
しかもごく普通の人々が加わってきました。
ごく普通の人々がごく普通の情報を真摯に発信しはじめています。
これはすごいことだと思います。

一方、コンピュータ関連の雑誌が急増しています。
それだけすそ野が広がっているわけです。
ごく普通の人々は難しいJavaや動画にはまだ手が出せないけれど、
今のままの静止画だけだって、十分に情報が伝えられています。
専門誌は宿命として、常に新しいものを扱うけれど、
ごく普通の人々がごく普通にできる技術がすばらしいことだと思います。

個人個人がそれぞれの方法で情報を、文芸作品を、
あるいは遊びを発信しています。
非常にためになるものもありますし、
見なければよかったと思うものもあります。

そして、ものすごい勢いでホームページが増えている状況から、
今この勢いでホームページが作られていけば、
東京の銀座や新宿の歩行者天国で、
歩行者全員がベチャクチャ、ベチャクシャ言っているにすぎなくなります。
立ち止まって、じっくり聞けばいいけれど、
本当に自分に必要な真実の情報を探すことが困難になります。

インターネットは人間の言葉そのものです。
いやインターネットは人間そのものです。
元々がボランテア精神で繋がってきたコンピュータネットワークです。
学術的なものに軍事的なものが結びつき、
さらに商業的なものが結びついてきたのが昨今です。
人間の希望や、欲望や、献身や、優しさが渦巻いています。
まさに人間世界そのものです。

誠実な言葉で(考えで)作られたものは誠実なページになるし、
戯れで作ったページは戯れの域を越えていません。
悪意で作られたものは悪い結果が予測されます。

真実が語られているはずですが、
場合によっては偽りの情報かもしれません。
人の言葉やうわさには、責任が無いものが多い事と同じです。

情報の出所は分かるが、誰が発信しているのか解かりません。
町の雑踏の中で堂々と名札をつけている人が、
ほとんどいない事と同じです。
著名人はTV等で顔が知られているから、
彼らのホームページはそれなりに見ることができます。
しかし、これも真実本人のものかは解かりません。
第三者がその著名人の振りをしてホームページを開いても、それまでです。
近い将来にオーソンウエールズの火星人襲来のラジオ放送のような
事件が起こる可能性もあります。

しかもこのインターネットの世界は、
表も裏も見える世界であることに改めて感嘆させられます。
したがって、
他人のホームページを切り刻み、寄せ集めて、
自分の物としているものもあるようです。
そのことから、この世界で著作権は生き残れるのでしょうか。
画像はともかくとして、
インターネットが人の言葉、人のうわさ、人の情報そのものであれば、
人の言葉や人のうわさは自由に広がっていくものです。
人の言葉やうわさに著作権は付けられないようにも思います。

このインターネットが発展するかしないかは、
規制がかかるかどうかと、
NTTをはじめとする通信料金に関わっているような気がします。
最近はプロバイダーさんの値下げもあって少しは助かっていますが、
電話料金の請求書だけはびくびくして見ています。

ともあれ、
これといって情報発信するものが見当たりませんでしたので、
身近な生活情報や地域情報を流しています。
私はかつて年間休日20日間から30日間の働き蜂でした。
朝7時30分から夜7時30分まで会社にいました。
ところが一昨年、過労から入院し、
2週間ほど病院にお世話になりました。
その後は無理をせず、1週間に1日は休むようにしています。
が、時々は無理をせざるをえない時もあります。
自分の身分を履歴書のようにして明かすことに
最初は迷ったのですが、
自分のページに責任を持つためにも自己紹介のページも作りました。
月に2、3回の更新はこのところ仕事が忙しいのできつくなっています。
妙さん(妻)から、
「私とパソコンとどちらが好きなの?」と聞かれることが多くなりました。
それほど熱中する世界でもあります。
見知らぬ方からのmailを楽しみにして、
合間合間にマイペースで手直ししている昨今です。



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